紋章のような

My name is Samataka. I made coats of arms in my own way. Please accept my apologies. I didn't understand heraldry. I made coats of arms in escutcheons.

自作小説「塔の上のセピイ  〜中世キリスト教社会の城女中の話」第一話

第一話「大叔母の帰郷」

 

 もうそろそろ、セピイおばさんが村に帰ってくるはずだ。一年以上も前から、おばさんは手紙で、うちの父さんに指示を出していたんだから。

「たくさんの土産物があるので、離れを建て増ししておきなさい」

 父さんは急いで村の男たちを動員して、実行したわ。おかげで我が家の裏手には、離れが、なんと四つも増えた。今すでにある離れ以外に、四つ。どんだけの土産物が来るんだろう、と私も驚いたし、村の連中も注目している。

 先月は雪が降る中、おばさんのお使いの男がやって来た。離れのでき具合を確かめるため。男は父さんたちに案内させて、一軒ずつ中を調べていたわ。時々、手に持った羊皮紙に何か書きつけていた。広さはもちろん、何を置くかなどの予定も書いていたんだと思う。父さんはこのお使いの男を、ヌビ家に出入りしている商人の手代と言っていた。

 それはともかく、離れは完成したのだ。つまり、セピイおばさんをお迎えする準備はできている。その事は、お使いの男から報告を聞いて、おばさんも分かっているはず。私は、遅くとも、その二週間後にはおばさんが来てくれると予想していたんだけど。結局、月をまたいじゃった。

 でも、かえって良かったのかもしれない。村は溶け残った雪も消えて、すっかり春らしくなったから。セピイおばさんが都会の品物や雰囲気をたっぷり持ち帰ってくれるなら、この方が断然お似合いよ。それに考えてみれば、雪がちらつく中、おばさんを帰って来させるなんて、かわいそうだもんね。

 そう、春なんだ。憂鬱な冬が終わって、晴れの日も増えて、花も咲き出している。そこへ、セピイおばさんが帰ってくるんだ。ただでさえ好きな春が、特別なものになる。すごく特別な春。それこそ一生に一度、有るか無いか。

 そんなふうに期待していると、かえってセピイおばさんは現れなかった。じゃあ考えないようにしようとも思っても、それも無理だ。おばさんが私に教えてくれること。もたらしてくれるもの。それらは、そんじょそこらじゃ得られないに決まっている。私も父さんたちと街の市場や城下町に行った事があるけど、そこで仕入れる品物や情報なんて目じゃない。絶対、比べものにならない。何せ、おばさんはヌビ家の女中頭なんだから。

 ヌビ家。このヨランドラ国を代表する、名家中の名家。一番有名なのはシャンジャビ家だけど、王家もシャンジャビ家も、ヌビ家には一目置いている。そりゃ、そうよ。ヌビ家の協力無しには、この国は成り立たないんだから。

 セピイおばさんは、そんなヌビ家のお女中さんになって、しかも一番偉い立場にまで登りつめた。私は、おばさんを一族の誇りだと思う。と言うか、村一番の、いやこの辺り一帯でも、間違いなく一番の出世頭ね。

 男連中にだって、ヌビ家みたいな上級貴族とお近づきになれた者は居ないわ。そんな男が居るなんて噂、聞いた事が無い。せいぜい城下町とかで、すれ違いざまに貴族から怒鳴られるのが関の山よ。

 それくらい、セピイおばさんの出世はすごいってこと。

 だからこそ、おばさんに聞きたいこと、教えてもらいたいことが山ほどあるんだけどなあ。

 私は家の外に出ると、必ず視線を遠くに飛ばして、セピイおばさんの馬車を探す。もう、それが癖になってしまった。野良仕事の合間にも視線を飛ばす。でも、おばさんは、なかなか現れなかった。

 だから私も、だんだん不安になってきた。もしかしたら、セピイおばさんは戻って来ないのかも。だって長年ヌビ家から頼りにされた、おばさんなんだもの。やっぱり残ってくれ、なんて引き留められても全然おかしくない。仲違いしたと噂されるヌビ家のお姫様からも、お許しいただけているのかもしれないし。

 ああ、何だか、本当にセピイおばさんに会える気がしなくなってきた。私としては、おばさんがヌビ家に残りながら、年に一度くらい里帰りして、いろんな話を聞かせてくれたら、完璧なんだけど。会いたいけど、おばさんがヌビ家からすっかり縁を切られるのも、もったいないと思う。もったいなさすぎる。

「姉ちゃーん、姉ちゃーん」

 弟が駆け込んできた。うるさいわね、人が考え事をしている時に。

「ね、姉ちゃん、大変だ。セピイおばさんが来たみたい」

「いい加減にしなさい。何回、そう言って私を騙したの。もう、その手には乗らないわよ」

「違うよ。今度こそ本当なんだ。馬車を見つけた父ちゃんが、確かにおばさんのだって言ったんだぜ。嘘だと思うんなら、父ちゃんに直に聞けよ」

 これには、私も振り向いた。父さんが断言した、ですって?

「馬鹿っ、それを早く言いなさい」

「だから、今言っているじゃないか。早くしろよ。村の連中も集まってきているんだぞ」

 私は慌てて家を飛び出した。弟は私を呼んでくるよう、父さんから言われたらしい。一緒にセピイおばさんをお出迎えしろ、と。

 

 我が家の前に伸びる道は、この村にとっての大通りだ。もちろん街の市場を貫く大通りの華やかさには全然、敵わない。それでも村では一番大事な道なのだ。何か揉め事があれば、みんな、とりあえずこの道に出てきて集まる。村祭りで練り歩くのも、この道。そしてセピイおばさんの馬車がやって来て、またヌビ家のお城に帰っていく時に通るのも、この道。

 ゆるい坂を下って、道なりに曲がると、人だかりが見えてきた。馬車と、その前後左右で騒ぐ村の大人たち、子どもたち。走りながら、私は舌打ちしたくなった。先を越されるなんて、悔しい。あんた達は他人じゃない。何、勝手に自分の事みたいに、はしゃいでんのよ。私のおばさんなんだからね。

 馬車のそばまで行くと、父さんが苦い顔をして馬車馬の隣を歩いていた。どうやら近所の中年男が頼んでもいない先導をしたがって、閉口していたらしい。ありがちな展開。父さんの説明を聞くまでもない。

「やあ、プルーデンス嬢ちゃん。よかったな、ついにセピイ様のご帰還だぞ」

「ええ、知っているわ、ソッペンさん。だから出迎えを他人まかせにしないで、親族として駆けつけたの」

 言いながら、このソッペンというオッさんと馬車の間に、自分を割り込ませた。我ながらキツい言い方、やり方だけど、村の連中にはこれぐらいしないと伝わらないし、凹まない。馴れ馴れしいソッペンさんはシュンとしてその場に立ち尽くし、やがて後続の荷車などと並ぶ形になった。

 そんなことより、おばさんだ。父さんにおばさんの様子を聞くと、やっぱり疲れているらしい。こんな出迎えじゃ、そうなるよね。おかげで私も、おばさんには馬車の窓越しにありきたりな挨拶しかできなかった。この調子だと、ゆっくり話を聞こうなんて、まだまだ先だろう。

 でも収穫が無いわけではなかった。

「家に着いたら、一仕事、頼むよ」だって。

 来たっと思った。早速、荷解きを手伝えるんだわ。まさに親族の特権。まかせといてって即答したけど、予想以上に大きい声になって、自分でもびっくりした。

 やがて私たちは馬車や荷車を含めて全員、坂を登りきり、少し進んで、我が家の前で止まった。馬車が一台と、荷車が二台。そして人だかり。ちょっと見回しただけで、村の全員が揃っているのが分かる。まったくの赤の他人が家族連れで、それこそ赤ちゃんまで抱っこして、集まって来たのだ。

 私がまた舌打ちを我慢していると、馬車からセピイおばさんが降りてきた。そして私と同じように周りを見る。露骨に不機嫌な顔だ。出世頭であるおばさんが、この村で遠慮する必要は無い。ああ、早く機嫌が直ってほしいなあ。

 それにしても、おばさんがまた老けて見える。以前会った時より白髪が目立っているような。気苦労が多いんだわ。これからも増えるけど。

 おばさんは弟に、足台になる物を持ってくるように言いつけた。で、弟が慌てて家から抱えてきたのは、大きめのたらいだった。普段は馬小屋に置いて、使っているやつ。何考えてんのよ、って思ったけど、言わなかった。父さんがひっくり返して置いたら、なかなか安定したからだ。おばさんも、その上に立つのが苦にならなかったみたい。頭一つ出て、人だかりの後ろの方まで見渡していた。

 それで何をするのかと思えば、セピイおばさんは一息吸って、演説を始めた。

「はい、みんな、静かにしておくれ。

 ご覧の通り、山の案山子村のセピイは帰って来た。少しは噂で聞いていると思うが、改めて言うよ。あたしゃ、ヌビ家からお暇をいただいた。そう。とうとう私も、ヌビ家と縁が切れちまったのさ。

 みんなの中には、このセピイがヌビ家の威光を笠に着て、威張り散らしているように見えたかもしれない。だとしたら、謝るよ。そして安心しておくれ。もう威張りようも無いんだからね」

「セ、セピイさんよお」誰かと思えば、またしてもソッペンさんだ。

「は、話を邪魔してごめんよ、セピイさん。

 でも安心なら、セピイさんこそ、しておくれな。この山の案山子村で、セピイさんを悪く思う奴なんか居るもんかい。なあ、みんな」

 この呼びかけに、みんなは喜んで応えてくれた。「そうだ、そうだ」なんて声があちこちから上がる。「ソッペンも、たまにはいい事言うじゃねえか」なんて冷やかしの声も。

 まあ、おばさんがみんなから好かれていると思えば、ありがたくもあるのだが。

「この村はセピイさんのおかげで潤って、こんなに立派になったんだ。うちのボケた爺さんだって、その恩は忘れてねえぜ」

 また別のオッさんが調子に乗って、笑いを取っている。おばさんも私も笑ってないけど。

 ほんっと進歩がない連中よね。子どもの私でさえ、おばさんにはお世辞は通用しないと分かっているのに。セピイおばさんはヌビ家のお城で長年暮らしてきたんだ。田舎者のお世辞なんか、今さら真に受けるはずないじゃない。いつになったら、気づくんだか。

 おばさんもおべっかに飽きたらしく、軽く手を上げて、みんなを静かにさせた。

「はい、みんな、ありがとよ。私も帰るところがあって、嬉しい限りさ。今日から死ぬまで、この村にたっぷり居座らせてもらうからね。そのつもりで、よろしく頼むよ」

「おお、それこそ恩返しってもんだ。セピイさんのお世話なら、喜んでやりますぜ」

「セピイさんは遠慮なく長生きしてくだせえ」

 オッさんたちが、ますます調子づいた。あんた達こそ、少しは遠慮しなさいよって言いたい。

 でも、おばさんの反応は、私と少し違っていた。「まあ、これだけ場が温まればいいだろ」なんてつぶやいて。私は聞き間違いかと思った。これでいいの?

「では、みんなのお言葉に甘える前に、先に私から、お駄賃を払っておこうかね。ヌビ家から餞別としていただいたお土産だよ。私からの挨拶と思って、受け取っておくれ」

 セピイおばさんが、みんなの背後に並ぶ荷車二台を指差した。途端に、どっかの男の子が「待ってましたあ」と声を上げて、そばに居た大人から拳骨を落とされていた。

「まあ、お土産があるの?楽しみだわ」

「毎回、済まないねえ」

 近くに居たおばはん連中が、セピイおばさんの手を握りに来た。下手な芝居。

 セピイおばさんは彼女たちに手を預け、適当に相槌をうちながら、私と弟に指示を出した。

 最後尾の荷車のてっぺんに載っている、幾つかの大きな籠。その中に焼き菓子が入っているから、それをみんなに配ってやること。おばさんが言っていた一仕事って、これだったんだ。前にもやったことがあるわ。私だって大きくなったんだから、そろそろ別のことを頼まれると思ったのに。

 荷車から籠を降ろして、被せてあった布を取り除ける。その布が起こした僅かな風で、甘い香りが漂った。もう、食べる前から分かる。街の市場で買う菓子よりも、蜂蜜がはるかに多く練り込まれているんだわ。さすがはセピイおばさん。さすがヌビ家。

 感心していたら、隣で弟が人に配るより先に自分の口に運ぼうとした。私は、すかさず、その手を叩く。前におばさんが来てくれた時に、私も同じ失敗をした。その後で、どれだけ説教されたことか。弟も同じ目に遭えばいい。

 セピイおばさんが以前から私たちに言いつけていた配り方は、こうだ。一番は、やっと歩き出したような小さい子。年下から配る。

 時々、お年寄りにも配ってあげる。しょうもないオッさんが、自分ももう年寄りだからと割り込もうとして、みんなから叱られることで笑いを取る。それも、もう恒例になった。セピイおばさんと私たち一家が笑わないのも、恒例。

 それはともかく、十二歳まで配ったら、もう年齢は関係無くなる。それよりも性別だ。村の女たちに配って、男たちはその後。赤ちゃんを抱っこしていたり、まだお腹が大きかったりする奥さんには、その子の分も足してあげる。

 そして一番最後は、私たち一家だ。私たち一家は村の連中より後に、お菓子を口にする。父さんなんかはお菓子よりも酒という質だからいいけど、私たち子どもにとっては大問題だ。

 私が初めてお菓子を配ったのは、忘れもしない、六歳の時。私たち一家に行き渡る前にお菓子が無くなって、小さい私は泣き出したのだ。セピイおばさんは、それでも私を叱った。近所の少し年上の女の子が私にお菓子を返そうとしたら、それも止めたほどだ。彼女は結局、おばさんの見ていないところで私にお菓子を返してくれたけど。

 だから次にお菓子を配った時、あれは大戦の前だったか、配る前につまみ食いしようして、おばさんから手を叩かれたのだ。

 さすがに今回は、お菓子を諦めようかとも思った。ところが、みんなに配って籠を二つ空にしても、まだ別の籠が二つも残っているじゃない。私は嬉しかった。おばさんも厳しいようで、ちゃんと私たち親族のことを考えてくれていたんだ。

「おばさん。一通り配ったから、私たちも貰っていい?」

「ああ。それでまだ残ったら、もう一度配るんだよ」

 セピイおばさんは村の大人たちと話しながら、こちらをよく確かめもしないで答えた。素っ気ないようだけど、任せてくれたってこと。これで私たちもお菓子にありつける。

 父さんに配ろうとしたら遠慮したので、それを例の年上の女の子に回した。私だって恩知らずじゃないんだ。それに、今回のお菓子の方が大きいし、ずっと美味しいはず。お菓子配りをもう一巡したら、やっと全ての籠が空になった。

 その少し前から、村の連中のはしゃぎっぷりがいや増した気がする。なぜって、父さんたちがもう一台の荷車に掛けられた縄をほどき、覆いをめくり出したからだ。オッさんたちもオバハンたちも途端に、その荷車に群がった。まるで今日の主賓がセピイおばさんじゃなくて、そっちにいるみたい。

 その荷車にも、まあ、たくさんの木箱や樽、大袋が山積みになっていた。馬たちもよく運んでくれたと思う。父さんや叔父さんたちはそれらを地面に並べ置き、開けていく。流れるような手際。「手伝いましょうか」なんて少しは気の利く人も居たが、父さんたちは、やんわり断って、作業を続けた。

 ほどなく荷解き完了。村の女たちから、わあっ、と声が上がる。開けてびっくり、予想以上の量と種類だった。穀類の袋なんて、パンにすれば一年くらい村の連中を養えそう。野菜や果物も、もちろんある。干し肉、干した魚まで。それらの色とりどりなことときたら、そこらの花々とお揃いみたいで、見ているだけで嬉しくなってくる。

「さあさ、おかみさんがた。残らず持っていっておくれよ」

 父さんの掛け声に、また歓声が上がった。ここでも男より女が先。村のおかみさんがたは、お目当ての食糧を獲得すると、その足でセピイおばさんの前に並んだ。そっちが多すぎたら、代わりに私の母さんの前に並んだりして。しっかりお礼を言おうという心がけには感心するけど、一人々々が長い。

 その隣では、叔父さんたちが今度は酒樽を用意し出した。すると、村の男たちがこちらに列を作る。全員、盃を手にして。盃なんて、さっきまで無かったように見えて、みんな懐に入れていたり、腰紐にくくりつけたり、していたわけね。

 こうなると、もうお祭りだ。呑んだ者から声が大きくなって、それが増えていくから、うるさいったら。そのうち列の順番やお代わりの量をめぐって喧嘩までやり出す始末。

「ばっきゃろう。てめえら、喧嘩する暇があったら、セピイさんにお礼申し上げろ」

 どっかのオッさんが、父さんの代わりに吠えてくれた。よくやった。だって、父さんはお酒を呑みたいのを我慢して、みんなに食糧を配っているんだもん。一人くらい、気を使ってくれないとね。父さんや叔父さんたちは、村の連中の後で呑む。セピイおばさんの言いつけ。私たちのお菓子と一緒だ。

「いやはや。セピイさんは、いつもながら信徒の鑑ですな。お変わり無さそうで、何より」

 いつの間にか現れた神父さんが、みんなの様子を見回して、言った。そろそろ来る頃と思っていた。

「神父さんもお元気そうじゃないか。神様のご加護だね。

 でも堪忍しておくれよ。またお土産を、教会より先に、みんなに配っちまった」

「何をおっしゃいますか。セピイさんがお御堂の改築費を出してくださって、まだ三年も経っておりませんぞ。お気づかいなど、ご無用。

 ねえ、皆さん」

 神父さんは、すぐ後ろにいたご婦人がたに同意を求めて、お望みの反応を得た。で、どういう話の流れか、このご婦人がたが賛美歌を歌い出した。感謝の気持ちを込めてセピイさんに捧ぐ、とか何とか理由を付けて。

 誰も頼んでいないんですけど。そう言いたいところを、こらえておいた。私だって、今後のご近所付き合いくらいは考えるのだ。

 それにしても、よくやるわ。肝心のセピイおばさん本人が苦笑いしているのに。

 品行方正なご婦人がたは、神父さんに従うことが、主なる神様のご意向に沿うこと、と思っている。神父さんのおすすめを実行すればその分、天国に近づける、と信じている。いい歳こいた、いい子ちゃん。

 神父さんは、そんなご婦人がたをよく引き連れて歩く。口ではご婦人がたを、我が母、我が姉妹なんて呼んでいるけど、実際には自分の部下や弟子の代わりにしているだけ。

 どちらも馬鹿みたい。つまらない見栄を張って。要するに視野が狭いのよね。

 私は違う。城下町の住人や市場の連中が度々この村を田舎呼ばわりして笑うけど、それとも違う。街の連中なんか目じゃない。なんたって私はセピイおばさんの親族なんだから。

 何度でも言うが、おばさんは名家ヌビで長く暮らしてきたんだ。だから、そこらの城下町の金持ちや商人たちより、おばさんの方がよっぽど物知りよ。おばさんは、いろんなことを教えてくれる。それは、この、山の案山子村から城下町まで含めた、この辺り一帯のことだけじゃない。ヨランドラ全体のこと。そしてヨランドラと他の四カ国がひしめく大地タリン。タリンとヨーロッパの間に広がる大きな海。ヨーロッパのキリスト教の国々。さらには、その向こうの異教徒たちの国々も。聖地を目指す十字軍の事まで。そう、私はセピイおばさんから、広い世界を教わることができるんだ。

 ああ、こんな鬱陶しい連中を追い返して、早くおばさんの話を聞きたい。

 村の連中としては一生懸命に歓迎してくれているつもりかもしれないが、私には身勝手に浮かれ騒いでいるようにしか見えない。

 そのうち、アホな男どもが取っ組み合いを始めた。おばさんに余興を見せているのだそうな。これも頼んでないこと。土ぼこりが上がって、迷惑なだけよ。

 大の大人がこれだから、ちびっ子たちも鬼ごっこか何かでそこらを走り回っていた。私たちが配ったお菓子片手に。

 私自身も友達のルチアや近所の女の子たちに引っぱられて、いつしか、おしゃべりの輪に加えられていた。でも身が入らなくて、生返事ばかり。だって、おばさんから目が離せなかったんだもん。

 結局、村人たちのありがたい歓迎は、日が暮れ出して、やっとお開きになった。

 それからは親族総出で、荷物運びをした。馬車の中からセピイおばさんの持ち物を出して、我が家の裏手の離れに移すのだ。どれも大きな木箱ばかり。中には壊れやすい、貴重な品物が入っている箱もあったみたい。それで時々おばさんが、うちの父さんや叔父さんたちに怒鳴っていた。

 まだ帰らずにぐずぐずしている村人も数人、居た。ほんと、しつこい。離れの中を覗こうとしたり、木箱の中を見たがったりしていたけど、セピイおばさんが直に追っ払った。手伝わせるなんて、もちろん有り得ない。私も応援のつもりで、離れや馬車にはりついて、その手の奴らに目を光らせた。

 

 そんなことをしているうちに、夜になった。待ちに待った夜。あともう少しよ、プルーデンス。

 母さんや叔母さんたちは団結して、晩餐を用意した。材料はもちろん、セピイおばさんからいただいたお土産としての食糧。私も従姉妹たちと一緒に、果物の皮を剥いたり、野菜を細かく切ったりした。これも花嫁修行の一環である。とは言え、誰一人として結婚の予定は、まだ無いんですけど。

 そして晩餐。そんじょそこらの金持ち商人でさえ食べられないようなご馳走。王家やヌビ家でしか味わえないようなご馳走。そんなご馳走を、村の連中には内緒で、私たち一族だけが堪能する。そう簡単に堪能できるわけがない。何せ、セピイおばさんが持って帰ってきた香辛料は、海向こうのヨーロッパどころか、ビザンツの、コンスタンチノープルからやって来た逸品なんだから。距離が途方もなくて、想像もつかない。村の連中なんて、コンスタンチノープルという地名も知らないだろう。我が家だって、セピイおばさんの帰宅を祝うという特別な事情があるから、久しぶりに使っただけ。年に数えるほどしか使っていないのだ。

 それほどのご馳走なのに、私は正直、堪能できなかった。とりあえず口に運んで、咀嚼したけど。私の望みは、ご馳走なんかじゃない。大人たちの会話が早く終わること。

 晩餐の間、叔父さんたちも叔母さんたちも、セピイおばさんから事情を聞き出そうとした。でも、おばさんの答えは、みんなが噂などで知っていることと大して変わらなかった。少し補足になったくらいかしら。

 やがて諦めたのか、叔父さん叔母さんたち、従兄弟たちも帰っていった。それと同時に、私と弟も、もう寝床に入れ、と言いつけられた。

 私は一旦、言われた通りにする。でも、数分して弟がいびきをかき出したのを確認してから、寝床をそっと抜け出した。

 行き先は、もちろん台所だ。やっぱりロウソクの明かりがもれていた。父さん、母さんとセピイおばさんがまだ話しているのだ。

 私は忍び足で近寄った。が、無駄だった。扉の隙間から、おばさんが椅子から立ち上がるのが見えた。

「プルーデンス。盗み聞きを覚えたのかい。あんまり、いいことじゃないね」

 私は「ごめんなさい」と「お休みなさい」を言って、大人しく引き下がった。ここで、ちびっ子みたいに駄々をこねても、おばさんから嫌われるだけだ。そんな馬鹿なことはしない。

 それから寝床に入っても、なかなか寝付けなかった。どれくらい天井を見つめていただろうか。しばらくして、物音と気配から、セピイおばさんが我が家から出て行くのが分かった。やっと話が終わったんだ。

 セピイおばさんは、自分用の離れの一つに入っていった。それを、私は窓の隙間から見ていた。

 私は迷った。今からセピイおばさんを訪ねようか。しかし、すっかり夜になったし。おばさんも疲れているはず。おばさんの機嫌を考えると、今夜は諦めるのが賢明だと思う。

 しかし。セピイおばさんが入った離れからは、いつまでも明かりがもれていた。まるで私を誘っているみたいに。行っちゃおうかな。けど嫌われるのも怖い。ここは慎重に。

 そこで私は、自分の名前、プルーデンス(慎重さ、思慮深さ)がセピイおばさんに付けてもらった事を思い出した。母さんから、そう聞いている。だから結局その夜は、おばさんの離れに行かなかった。

 セピイおばさんの離れは、長いこと明かりがついていた。

(第二話に続く)